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zoom RSS 10月29日槻澤鎧念仏剣舞中尊寺金色堂前の奉演を動画でご覧ください。

<<   作成日時 : 2011/10/31 10:10   >>

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発足年代    寛政7年(1795年)
由来書など   平成4年刊行の陸前高田市史等による。
 清瀧神社の別当宗祖八太郎ほか6人が、神社の神体を奉遷した際に「けんばい」を奉納したのが始まりという。途中でかつてのものが途絶え、約120年前の明治20年代に「剣舞」を実施し、その際のお花申受帳もあり、その後も継続実施し受け継がれてきているものである。住田町上有住の勘太師匠から伝授され、伝えられている由来によれば、「文治5年(1189年)、藤原泰衡は源頼朝の圧力に屈し、新田高平をして義経を高館に討たせた。その恨みがつのり、義経一族は亡き魂となって高館の城壁に夜毎現れ、城内の婦女子を悩ませた。泰衡も婦女子の恐れおののくさまを捨てておくわけにいかず、中尊寺一山の僧職に申しつけ、亡き魂退散を祈らせた。祈祷が七日七夜に及んだとき、どこからともなく一匹のサルが猫間ケ淵に現れ、暴れ回る亡き魂と共に拍子面白く踊り、亡霊の心を和らげた。この小猿(ササラのこと)が亡き魂を済度し、消滅させたありさまを演ずるのが“けんばい”である。
 市内に3団体指定されている剣舞の中では、昭和53年5月27日、陸前高田市指定無形民族文化財に第1号で指定された。

毎年8月14日の盂蘭盆の際、地域内(氏子)の新仏の供養をしている。8月は幸い夏休み期間でもあり、夜、小学生以上の子どもたちと一緒に練習し伝承に努めている。

槻澤から伝承された田束念仏鎧剣舞は、平成6年2月10日市の指定を受けています。
田束さんも被災しており夏の供養が出来なかったので練習不足のため時期をみて活動を再開すると述べてました。 
槻澤さんのお話では、陸前高田市全体の民俗芸能が揃って活動を再開するのは、十分条件が揃ってないとのことです。
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