okuderazeki

アクセスカウンタ

zoom RSS 大船渡の菅生田植踊は、沿岸では珍しい「胆沢型」庭田植踊です。

<<   作成日時 : 2011/11/12 09:54   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 3

画像

菅生田植踊は、謂われでは200年前に胆沢郡から伝承されたとされています。
いわゆる「庭田植踊」に分類されれえぶりすりの弥十郎が踊りを進行させます。


参考に下記の論文をご覧ください。
東北文教大学・東北文教大学短期大学部紀要第1号
菅江真澄の江戸期「胆沢郡徳岡田植踊」と豊作祈願芸能(菊地)
菅江真澄の江戸期「胆沢郡徳岡田植踊」と豊作祈願芸能 菊地和博
http://repo.lib.yamagata-u.ac.jp/bitstream/123456789/8227/1/btbc-1-00650081.pdf
にほんブログ村 歴史ブログ 日本の伝統・文化へ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
初めまして、まずもってこの度の震災のお見舞いを申し上げます。さて、「胆沢型」とのことですが、どちらかと言うと「仙台型」と思います。菅江真澄の「徳岡」の記録に照合させると、そちらのほうが適切に当てはまる部分が多いです。いわゆる胆沢型として現在あるのは、奥州市水沢区「上幅庭田植踊」、胆沢区「都鳥庭田植踊」「出店田植踊」、金ヶ崎町「坂水庭田植踊」です。いつか機会がありましたらご覧下さい。私は水沢区に在住し、「上幅」に関わるものです。芸能を通じて復興に協力できるのであれば幸いです。
然龍
2011/11/28 22:54
然龍さん 有り難うございます。「どちらかと言うと仙台型」と言うご指摘ですが地元では胆沢から伝承されたと言っています。過去の話で、長い間には再興と言う事もありますから、元々仙台型だったのが廃れて胆沢に習った部分もあるとか、しかし変わらない部分もあるとか、も考えられますね。実演者の方が言うのですからその違いははっきりしているのだと思います。むしろ今後奥州市との芸能交流で共演して頂きたいですね。今後とも田植踊についてご教唆頂ければ幸いです。宜しくお願いいたします。
阿部武司
2011/11/29 11:13
 こんばんは。菅江真澄の徳岡田植踊の記録と「仙台型」の内容は一致するので、仙台型の田植踊りが胆沢にあったのは事実と思います。当時の人たちからそちらに伝わったのではないでしょうか?ですから、菅生さんの伝承は事実だと思います。ただ、現在残っている田植踊りは徳岡の記録とは形態が違います。えぶり摺りと弥十郎のやりとりで踊りが進み、前列には太鼓を持って踊る「カッコ」、後列には羽(苗を象徴)を持って踊る「奴」がいます。今度手紙でも差し上げたいですね!
然龍
2011/11/30 21:05

コメントする help

ニックネーム
本 文
  • 大船渡の菅生田植踊は、沿岸では珍しい「胆沢型」庭田植踊です。 okuderazeki/BIGLOBEウェブリブログ
    文字サイズ:       閉じる